投資回収期間から判断
ローソンは自社の設備投資の判断に社内炭素価格(インターナルカーボンプライシング、ICP)制度を導入した。小売業のICP導入事例が少ない中、炭素価格を何円に設定すると設備投資の回収にどのくらいかかるかを試算し、二酸化炭素(CO2)1トンあたり2万円に決めた。ICPを活用し、省エネ設備導入を加速する。「せっかく導入するなら、インパクトのある価格設定にしなくては」。23年4月にSDGs推進室と店舗建設部が共同でICPの検討を始め、7月にSDGs委員会での議論を本格化させたところ、経営陣からは実効性を重視するよう指示が出た。ローソンでは竹増貞信社長がCSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)を兼任し、脱炭素の取り組みを主導する。自社の温暖化ガス(GHG)排出量「スコープ1、2」のうち、店舗からの排出が9割以上を占める。これまで太陽光発電システムやCO2冷媒の冷凍・冷蔵システムを導入してきた。排出量削減をさらに推し進めるためには、店舗の電力使用量の抑制が欠かせない。ただ削減効果の大きい設備は導入費用が重い。SDGs推進室の石塚隆史マネジャーは「今後も投資コストは上がっていく。環境価値を定義して、脱炭素に向けた投資を実行しやすくする必要があった」と語る。課題として浮上したのが炭素価格の設定だ。石塚氏が調べたところ、フランチャイズ契約など加盟店ビジネスの小売業でICPを導入している例は見当たらなかった。そこで製造業でICPを導入している企業事例などを参考に、上限と下限の価格を決めることから始めた。非金融業では2000~4000円に設定している企業が多かった。また再生可能エネルギー由来の「J―クレジット」の相場(3200円前後)をもとに、下限を3000円に設定した。上限は国際エネルギー機関(IEA)が予測する30年の炭素価格(1トンあたり140ドル)を参考にして2万円とした。重視したのが投資回収年数だ。例えば初期費用500万円の冷蔵システムの導入を想定して、1トンあたり2万円の炭素価格を適用する。投資回収は10年間かかるとし、CO2排出量削減効果は1年で1トン、10年間で10トンと仮定する。ICPで削減効果を金額換算すると、10年分の炭素価格は20万円になる。初期費用の500万円から炭素価格の20万円を差し引き、投資回収年数を計算すると、9.6年に短縮できる。ローソンは設備ごとに独自の投資回収年数の基準を設けている。通常の試算で基準を超えなくても、ICPを考慮すれば基準を超える設備投資については、設備を導入する方針だ。石塚氏は試算を繰り返し、1トンあたり3000円の設定では、投資回収年数にほとんど差が出ないことが分かった。実効性のある価格設定にこだわり、上限の2万円を採用した。運用では課題もある。ICPの導入は、全社的に環境価値を可視化する狙いがあるが、現状は店舗建設部などの設備投資に関わる部門と、他の部門で理解度に差があるという。石塚氏は「『二酸化炭素の排出はコスト』という認識を全社に広めないと、電気代の削減などの行動変容につながらない」と話す。ローソンは各部署にSDGsの担当者を配置しており、担当者を通じた啓蒙や研修などで会社全体への浸透を図っていく。ローソンは1店舗当たりのCO2排出量を30年度に13年度比50%削減し、50年度にゼロにする目標を掲げる。石塚氏は「ICPの活用で目標達成に向けた設備導入を加速したい」と話す。社内炭素価格の活用は各社の模索が続いている。ローソンの取り組みは小売業のICP運用で試金石になる。